2002年3月で前任の石村校長先生が定年を迎えられ、4月より新しい校長先生がおみえになりました。それでは北村校長先生よろしくお願いいたします。
まずは大師小学校の紹介から創 立 明治6年(西暦1873年)
児童数 559名
職員数 38名
学 区 大師町・大師本町・東門前1,2丁目・台町・昭和1,2丁目・出来野
もうすぐ創立130年を迎えるとても歴史のある学校です。
校長先生のプロフィールお名前 北村 清 先生
ご年齢 55歳
ご家族 奥様とお二人の息子さんの4人家族
着 任 2002年4月1日
前任地 川崎市立古川小学校(幸区)
趣 味 囲 碁
川崎市小学校国語教育研究会会長
校長先生の仕事
本校教育活動の企画と運営の推進
学校と地域・社会の連携の窓口
児童・教職員の活動の精神的・物資的な支援(教育委員会への折衝)
Q:好きな言葉をお教え下さい。
「雨の日は雨の中を、風の日は風の中を」(相田みつを)・「花あるときは花に酔い、風あるときは風に酔う」(榊 莫山:さかき ばくざん)の言葉が好きです。肩肘を張らずにいつも自然体で何事にも臨んで行きたいと思っておりますので・・・。
Q:大師の町の印象をお聞かせ下さい。
春爛漫の4月1日、最初に川崎大師(平間寺)にお参りをして、任地である川崎市立大師小学校に向かいました。途中には、土産物屋や地域の商店街・住宅そして大きな公園があり、人々が生活する要素がギュッとつまっているなぁ、と感じました。明るくて清潔そして活気がある素敵な町というのが第一印象です。私が生まれ育った九州の町も同じような雰囲気を持った町でした。大師の町自体が、ここで生活する人々の心のよりどころになっているのではないでしょうか。先日、東扇島のマリエンで海苔作りの体験学習がありました。お年寄りたちが一生懸命指導に当たっておられましたが、このように後世に伝えたいものが町の中に沢山あるというのはすばらしいことだと思います。
Q:先生の思い出話をお聞かせ下さい。
私がまだかけだしの教師だったころのことです。
ある朝、起きてテレビをつけようとしたところ、室内アンテナの先端で目を傷つけてしまったのです。私はあわてて医者に走り、朝一番で治療をしてもらってから学校に向かいました。片目に眼帯をした私を見て、担任をしていた2年生の子供たちはびっくりしていましたが、不幸をユーモアに変えるには遊び心しかありません。そこで、「先生はもう片方の目もみえないように目隠しをして、みんなをひとりひとり、だれだか当ててみたいな。目で見てわかるだけじゃだめなんだ。手でさわって、だれだか当てられるようでなきゃ、本当にきみたちのことを知っていることにはならないからね。」と提案しました。そして、思い思いに私の前に並んだ子供たちの顔や体にふれながら、そのこの名前を当てていきました。そのとき感じたのは、子どもたちひとりひとりが発散している、それぞれに違った〈もの〉でした。それは、ふっくらと柔らかく、いとおしくかけがえのない命のかたちでした。そしてその違いの発見こそが、若いわたしの教師としての原点になったのです。(文集かわさき第45号より抜粋)
Q:地域の方たちへのメッセージをお願いいたします。
総合学習の授業が本格的に始まり、3年生はお店調べ、そして高学年になるにつれて、環境や福祉など広範囲にわたり勉強して行きます。それに伴い地域の方々にお世話になる機会が益々増えてまいります。皆様の持っていらっしゃる知識を子供たちに沢山お教え願えればと思います。それから、子供たちが訪ねてきた時は知識だけでなく挨拶の仕方や言葉使いなどの礼儀作法もあわせてお教えいただければ幸いです。もちろんわたくしたちも指導はしてまいりますが、地域の方たちとのふれ合いのなかで身につけたものは、子供たちの将来にきっと良い影響を与えてくれるはずですから・・・。
Q:子供たちへメッセージをお願いいたします。
始業式の日、初めてわたしや新しい先生方が子供たちの前でお話をしたとき、とても真剣に話を聞いていた姿に感動しました。人の話を良く聞くということは大切なことです。これができる大師小学校の子供たちは、すごいと思います。子供たちのなかには、すばらしい才能がねむっています。何事にも好奇心を持って勉強し、自分の目標に向かって、あきらめることなく、ねばり強く頑張って行って欲しいと思います。
取材を終えて
お忙しい中、貴重なお時間をいただきどうもありがとうございました。インタビュー終了後、川崎市の航空写真を見せて頂いたのですが、この大師地区は平間寺や大師公園があるおかげで、とてもよい住環境にあるということを再認識いたしました。未来を担う子供たちのことをどうぞよろしくお願いいたします。 2002年5月 (とも)