川崎大師タウンの長さんに聞く

第四回 川崎市立大師小学校校長先生

今回は、127年の歴史を持つ川崎市立大師小学校の校長先生にお話をうかがいました。私たちの曾おじいさん、曾おばあさんたちも学んだ小学校です。取材にうかがった私も大師小学校の卒業生、ふと小学校時代のことを思い出してしまいました。


校門大師小学校プロフィール
創立は明治6年橘樹郡大師河原にあった観海学舎と清澄学舎と共に「本校」または、「水堀学校」と呼ばれた学校があリました。それが大師小学校の始まリとなっています。
現児童数: 529名(平成12年5月1日調査)

職員数: 34名(校長1、教頭1、教員23、養護1、事務1、栄養士1、用務員2、給食調理員4)

学 区: 大師町、大師本町、東門前1丁目、2丁目、台町、昭和1丁目、2丁目、出来野

その他: 校歌 小林純一作詞 中田喜直作曲
      校章 写真参照

校長先生校長先生プロフィール

 お 名 前   石 村 恒 一先生
 年   齢  59歳
 着   任  平成9年4月1日
 前 任 校   宮前平小学校
 趣   昧  旅と釣り
 好きな言葉 「艱難(かんなん)汝を玉にす。」

校長先生のお仕事
 本校教育活動の企画と運営の推進。
 学校と地域・社会の連携の窓口。
 児童・教職員の活動の精神的、物質的な支援。(教育委員会への折衝)

小学校の地域での役割

 ・学区内の児童に、その保護者や社会が期待する人物となるようにする教育活動の実践。
 ・地域のスポーツや文化的な活動等の後援。
校舎
大師の町の印象をお聞かせください。
川崎にも少なくなった下町情緒のまだ残っている町ですね。永く住む人たちが中心になって町の活動の運営をされていらっしやるのがそう感じさせてくれると思うのですが、お互いに、周リの人々にいつも温かな気配リがされていると思います。本校もその恩恵に浴していることをたくさん経験しています。
(例、運動会等学校行事での放送や太鼓等の大きな音にも近隣の方々はじっと我慢してくださっています。)

大師の子どもたちについて。
明るく伸び伸びと育っている、「子どもらしい子ども」が多いと思います。自宅におじいさん、おばあさんも一緒にいて、子どもにとって・恵まれた温かな環境で育てられている子が多いからかと思います。いたずらっ子もいますが、みんなきちんと注意をすれば素直に聞き、改める子供たちです。


校章地域のひとたちが協力できることはありますか。

2002年から新指導要領に基づいた教育が完全実施されます。その中には、総合的な学習(3年生以上)という各学校独自で計画する、他の教科学習を発展させたリ、また補ったリする学習をします。地域の特色を生かした、子どもたちの学習意欲を喚起するような内容でと今から検討し、準備しています。(子どもも一緒になって)実際に始まリますと、これまで以上に子どもたちが地域に飛び出していって皆さんのお世話になるようなことが出てくることと思います。是非、ご協力をお願い致します。また、そのような活動の中で、人としての礼儀や、社会性など生きていく上で大切な生活習慣の育成も考えていきます。そのような面でのご指導もよろしくお願い致します。

21世紀を担う子供たちへメッセージをお願いします。
人は決して一人では生きていけない動物なのです。ですから、支えあい、励ましあって仲良く生きていくことが出来るようになることが大切です。そんなことのできる頼リになる人間になるために、学校へ通う間は、クラスの仲間と仲良くできるようにし、助け合ってしっかりと知識や知恵を身につけていきましょう。先生はそのお手伝い役です。いつでも、何でも相談しましょう。

思い出に残っている出来事をお聞かせください。
教員になって3校目の学校で、冬休み明けにプロパンガスの大きなボンベが5本も空になるガス漏れ事故にあいました。1階家庭科室の床下にいっぱい溜ってしまい、それを排除するまでの1ヶ月以上を近隣の学校に2学年毎に分散してお世話になる経験をしました。毎日、学校近くからバスをチャーターし、理科室や図書室を借りて勉強しました。30日間毎日が遠足のようでした。あの時の苦労は忘れられません。今、三宅島の子どもたちが秋川高校に移ったそうですが、大変さが他人事ではなく感じています。でも、先生方や、子どもたちのこの苦労は後できっと役に立つことと思っています。なぜなら私がそうでしたから。「艱難(かんなん)汝を玉にす。」です。



取材を終えて
子どもたちのことを一生懸命考えて下さっている、とても優しい校長先生です。21世紀の日本がすばらしい国となるよう我々地域の住民も一緒になって子どもたちの心と体を育てていかなければいけないのだと感じました。