川崎大師の伽藍
大山門 【高さ18.3m】
昭和52年の開創850年記念事業として建立された大山門で、2層には薬師如来並びに12神将像が納められています。大山門は堂塔伽藍をかこう浄域結界の総門です。
旧山門建立は明治34年で、高さ20.4mの壮麗さを誇り、川崎大師にふさわしいものでしたが、昭和20年4月の空襲で惜しくも焼失しました。その後、有縁の地から譲りうけた現不動門が長きに渡り山門として使命を果たしました。
大本堂 【高さ25.5m】
旧本堂は天保5年の建立で関東大震災でも倒壊せず、厄除川崎大師の名をさらに高めましたが、昭和20年4月の空襲で惜しくも焼失してしまいました。幸い本尊厄除弘法大師像は事前に運び出されていて事無きを得ました。
その後、今の大本坊を仮本堂としていましたが、年を追って増える参詣者に対応するため、貫主はじめ信徒総出の努力で、昭和38年現在の大本堂が完成しました。瓦が67000枚使用されています。
八角五重塔
弘法大師1150年御遠忌と吉例大開帳奉修を記念して昭和59年落成しました。
地階には釈迦如来を本尊とする慰霊堂、二層に恵果阿
闍梨、弘法大師、興教大師の三像が、塔上相輪下には大日如来像が納められています。
大本坊
旧大本坊は山門を入り右、本堂との間に位置していましたが、関東大震災により倒壊してしまいました。その後、昭和9年に現在の地に再建されました。戦後の仮本堂の役目を経て、平成4年大改装を行い現在に至っています。
聖徳太子堂
昭和43年落成。聖徳太子像が安置されています。
毎年2月22日に、鳶関係者が参列し年祭がおこなわれ、若鳶のはしご乗りが披露されます。
その昔聖徳太子は仏教を日本にひろめ、国内に多くの寺院を建立しました。また寺院周辺で活躍していた大工、左官、職人たちを重く用いました。後世、建築に携わる人々は特に太子に篤い信仰を寄せ今日に至っています。
中書院
初詣をはじめとする年中行事、信徒の接待所として使用されるとともに、随時催されるお茶会に使用されます。「光聚庵」「心月庵」の二つの茶室があります。
不動堂
旧不動堂は、明治23年建立されたものでしたが、昭和20年4月の空襲で本堂とともに焼失しました。現在の不動堂は昭和39年4月吉例大開帳記念事業として建立されました。
本尊は成田山不動尊御分躰。
不動門
昭和20年の空襲にて焼失した旧山門の代わりとして、昭和23年有縁の地から譲りうけた山門は昭和52年の開創850年記念事業として、現在の大山門が建立されるに伴い、不動門として移築され、現在に至っております。